割と残念な人が行く

人生もはやどうしようもなし、というほどダメではないが、間違いなく駄目である。

残念な学生生活を送る男子諸君へ

 世の中には、何でこんな残念な人生を送っているんだろうというような、惨めな男子学生が潜んでいるものです。心の通った友達も彼女もなく、家族との折り合いも悪い。学業でも部活でも挫折し、常に悶々とした日々を送る。かくいう僕も間違いなくそういう一人でした。ただし、今の僕は当時では考えられないほど「まとも」寄りの大人をやっていると思います。

今日は僕自身が憂鬱な気分に陥っていたこともあって、ぽけーっと昔のことを思い出していました。25年生きて思うのは、意外と何とかなるということです。惨めな学生時代を送ると、何に対しても自信を失ってしまい、人生にっちもさっちもいかない気がしてくると思いますが、挽回は可能なんですよ。ほんの少しでも、悲惨な男子学生諸君へエールを送るべく、非常に残念な香りのする記事をエントリーしようと思います。

ぼっちで偏差値30台だった高校時代

 高校時代、僕は精神的ぼっちでした。1年目は運動部に所属していましたが、まるで面白さがわからずに辞めた頃から、それまでの友人から少しハブられるようにもなり、どんどんぼっち化していきました。クラスに話す奴や昼休みに遊ぶ奴はいたけど、特に仲が良いわけでもなく、毎日学校が終わったら一人で速攻帰宅する日々が続きました。

単純に1人でいるのって気にならないんですけど、周りが楽しそうにしてる中で1人だけポツンとしてたり、内心全然楽しんでなかったりするのって、ほんと孤独ですよね。辛かったな。高校生までって学校が全てだから、外の世界がわからないじゃないですか。何で生きてるのかホント意味不明で、マジ死にたかったです。房総半島の崖から海へ飛び込んだ方が楽かなあとか思ってましたね。

そんなわけで全く面白さのない高校時代を過ごしていく中で、一つだけ素晴らしい出来事が待ち受けていました。そう、学祭で偶然仲良くなった子と付き合うことになったんです。ええ、嘘です。素晴らしい出来事とは、外ならぬ卒業ですね。この糞みたいにつまらない学生生活がようやく終わる。心の中でガッツポーズしてました。

しかしここで大きな問題にぶち当たりました。偏差値が30台(学年250人中243位台でした)だったということです。ちなみに志望は某国立大。進路指導の先生は何も言いませんでしたね。親もあきれてましたが、なんとか1年拓郎になる許しを得ました。実は僕の高校は某有名私大の付属校で、エスカレーターも選択できたんですね。でも高校時代の影響を引きずるのも嫌でしたし、早く1人暮らしをしたかったのです。

大学での挫折

 結果から言うと、僕は某国立大学に合格しました。センター試験の点数は350点、偏差値も20くらい上がったはずです。努力もしましたが、運が大きかったかもしれません。これで軌道修正を図れるはずだと、思ったんですけどね。

大学に入って、再び運動部に入りました。単純に高校時代の借りを返したかったからです。しかしこれが挫折ポイントでしたね。団体スポーツをやっていたのですが、頑張っても上手くならなかったんです。というか、周りの経験者が上手くて追いつけなかった。元々身体能力が高くなかったし、無理をしたこともあって怪我がちでした。割と強豪校でしたので、大会成績としては結果を残せましたが、僕にできたのは途中出場のひたすら汗かき役。3年生の大会で引退するまで続けましたが、精神的負担が非常に大きかった。試合にも出れたし、自分を褒めたいところですが、やはり性格的に無理。むしろ物凄く自信を喪失しましたね。今思うのは、もっと工夫できたということです。戦術理解度を高めて、身体能力以外で勝負するポイントを増やすべきでした。

また肝心の学業。僕は理系の学科に所属していたのですが、対象の分野自体は好きだけど学問・研究の対象としては全く興味がなかった。実習はすごく楽しかったですけど。しかし部活での精神的苦痛が尾を引いて、ものすごく暗かった。学科の人ともあまり馴染めませんでした。とにかく自信を失っていましたね。高校時代の影響もあって人間関係には積極的になれず、告白した女の子にも振られ・・・そんな感じで中途半端な大学時代を過ごしました。

なんていうか、もっと単純に楽しめよ!って今なら思うんですが、当時はそう思えませんでしたね。

社会人生活で少し持ち直す

 これ読んでる方が大学生だとすると、一番挽回しやすいのはここですね。社会人デビューってやつです。何とか大手企業に潜り込みましたが、僕は大学時代までで完全に自信を喪失していましたから、これまた上手くいかない。研修中のことですが、議論もプレゼンもコミュ力も勝てる気がしない。周りとの初期スペック差に愕然としたわけです。それでもね、業務に関してはみんなスタート地点同じじゃないですか。何とか這い上がりたくて。

エンジニアとして研修を受けるようになってから、ホント努力しました。講師の言葉は一言漏らさず聞き、分らないことはすべて質問し、苦手な人には逐一教え、家に帰ったら復讐・分らないことはひたすら調べる。時には自分で何かを作ってみたり。僕は未経験から入ったわけですが、研修期間中、気が付いたら何十人かいる同期の中で知識・技術力だけはトップの一人になってましたね。

きっかけなんて些細なことです。そのあと配属されてからも、技術力はもちろん、対人能力も高められるように、営業やPJ管理も可能な限りお手伝いするようにし、今に至ります。少しは一般的なビジネススキルが磨かれたと思います。この間プレゼンで惨敗しましたけどね。

ビジネススキルとか、そういう苦手な所に注力しているのは理由があって、実は今の環境で一般的なサラリーマンとしての一通りの仕事を覚えたら、もう1年後には別のやりたい分野の会社へ転職しようと思っているからです。それまでに、次の会社で身に付きにくいスキルはすべて吸収してしまおうという寸法ですね。

こういう風にガツガツするようになったのも、会社に入ってからです。働き出せば、その後どうなるかは全て自身に委ねられます。学生が終わることでそれまでのしがらみをリセットできますし、親の手からも完全に逃れられます。間違いなく身軽になるし、挑戦に対する心理的障壁は低くなるので、僕のように行動が豹変する可能性もあります。

結局何が言いたいのかわからないけど

 高校~大学の7年間はずっと悶々とした、暗い気分で過ごしていましたが、思い返してみると行動自体は結構ポジティブだったなと思います。ほとんどの行動は失敗というか、自信喪失につながってたように思いますが。ただそのうちの一つが少しだけ上手くいって、今に至るんだと思います。どこかにチャンスがあると思って下さい。

苦しい時間というのは、幾らか上手く行きだした頃に思い返すと、いい思い出になります。あれほど苦しんだのだから、それ以上はないという。僕は未だに暗中模索している最中ではありますが、昔のことを思い出せば大抵の鬱屈感からは立ち直れます。

また、多くの残念な人間に共通するように、僕はコミュ障でもありました。これは多くの残念男子学生にとって根が深い問題かなと思います。家族との関係、学生時代の友人関係、容姿、運動能力・・・。大体はコンプレックスやトラウマによるものでしょう。今でこそ周りからは口が上手いなんて評価されてますが、大学時代は本当に無口で、人と会うことを拒んでいました。今でも人付き合いは好きじゃありませんけどね。

最後になりますが、学生時代をこんな寂しいというか、惨めに過ごした人間でも、そこそこ盛り返しているこということが言いたかった。一般的にその人の大局が固まってくるのは30歳くらいだと思います。それまでに挽回できればいいんです。僕はあと5年ですね。みなさんであればプラスあともう何年か。それまでにどうあがけるかだと思います。